英国の武器輸出と中東の軍備増強に関わる日本の大学

日本の私立大学の英語研修を引き受けている英国の大学のひとつが、英国の武器輸出に関与している実態が、英国情報公開法に基づく調査で明らかになりました。この大学は、ヨーク・セント・ジョン大学=York St John Universityで、この大学を英語研修先とする日本の私大は、関西に4大学と関東に1大学あります。英国の武器輸出を間接的ながら日本の短期留学生が支援している構図が明らかになり、日英両国の大学関係者・平和運動家の間で波紋を呼びつつあります。

ヨーク・セント・ジョン大学(YSJ大学)は、過去十数年間に、英国の兵器産業・国防省や中東諸国の軍部との関係を強化し、海外の軍人に「ミリタリー英語」を教えるビジネスを確立してきました。外見上は、特殊英語を教える単なる隙間商法ですが、軍人向け英語研修プログラムは、英国の武器輸出と中東における空軍増強政策に直結しています。この事実は、軍事英語研修受講生の授業料が、英国の兵器産業・国防省や中東諸国軍部によって支払われている実態と、情報公開法に基づく英国政府機関への問い合わせへの回答から明らかです。

1「軍事」ビジネスを支える日本の大学生

YSJ大学内で、この「軍事」関連ビジネスを担当している部局は、「YSJインターナショナル」です。この部局は、「軍事」ビジネスに加えて、日本・中国などからの学生に基礎的な英語を教える「民生」ビジネスも行っています。

「民生」ビジネス内容は、民間の語学学校と大差がないどころか、商売繁盛期となる夏休み期間には、YSJ大学の在学生や小学校の先生を「大学コース」の教師としてアルバイトで起用しますが、「集客力」は、市井の英語学校よりあります。「大学」「留学」などの言葉を、YSJ大学側のみでなく、研修生募集を行う日本の大学側が宣伝使用するからです。また、英国の大学学部の正規の授業を受ける英語力のない日本人大学生を「一般英語コース」へ入学させて、「英国・大学短期留学」と称して受講生に日本の大学側の単位を与えるシステムも「民生」ビジネスを支えています。

英国の他の大学では、高等教育機関の品格・倫理・社会的責任などの観点から行わない、「武器輸出促進」・「紛争地域の軍備増強」プログラムを、「YSJインターナショナル」が提供し続けられる理由はふたつあります。まず、「YSJインターナショナル」の責任者が英国空軍の出身であり、軍需産業や国防省に人脈を持っています。もうひとつの理由は、日本や中国からの短期「留学」生の授業料収益があるからです。日本の大学などが生徒派遣を中止すれば、「YSJインターナショナル」の部局運営が財政的に困難に陥ります。

2 YSJ大学の「軍事」ビジネスの詳細

「YSJインターナショナル」の軍事ビジネスの形態は、海外の軍人を対象とする英語研修・訓練です。しかし、それらのコースの開講目的は、単に英語力の向上にあるのではなく、終局的な目的に英国の武器輸出促進があります。これらのコースの運営資金は、英国兵器産業・国防省・国防省防衛輸出機構(現・貿易投資総省 国防・安全保障機構=UKTI DSO=UK Trade & Investment Defence & Security Organisation)・中東諸国や中華人民共和国政府から出ています。

軍事ビジネスは、1)NATO (北大西洋条約機構)の東方拡大;2)中東諸国の空軍増強;3)英・王立国防大学への海外軍人の留学準備の一環として行われています。

軍事ビジネスの具体例を、上記1)、2)、3)のカテゴリーごとにいくつか挙げます。

1)NATO東方拡大

2000年8月から2005年1月にかけて、総数80名の軍人を、中央・東ヨーロッパ諸国(ポーランド・ハンガリー・チェコ共和国・ルーマニア・スロバキア)からYSJ大学へ招聘し、12回に渡り「英語訓練」を行いました。

「国防省防衛輸出機構」の説明によると、この80名の軍人は、「意思決定主要人物」で、これらの諸国は、「相当な額の防衛予算を数年に渡り付ける」と見込まれていました。冷戦終結後に軍事同盟であるNATOを拡大する理由は、武器輸出の新たな市場開拓と世界各地で報道されていますが、「YSJインターナショナル」はそのような武器輸出促進策の一端を担っているのです。

この訓練費用は、世界大手の兵器企業・「BAEシステムズ社」と英国・「国防省防衛輸出機構」が50%ずつ負担しYSJ大学へ支払いました。「国防省防衛輸出機構」の支払い金額が、154,678ポンド38ペンスですので、「BAEシステムズ社」が同額を支払ったことになります。(情報公開法に基づく私の請求で、政府は支払い比率と政府の支払い金額は公開しましたが、私企業である「BAEシステムズ社」の支払い金額は「具体的」には明示していません。)

このコースに加え、英国国防省は、「軍事英語」と「王立防衛大学進学準備」コースの開講をYSJ大学に委託しています。

招聘される軍人の出身国は、NATO東方拡大推進戦略によって既にNATOに加盟した諸国と、旧ワルシャワ条約機構のメンバーであってNATOが「西側」へ引き抜きたい未加盟国です。

2005年から2010年にかけて招聘された軍人の国籍には、前者のグループ(既加盟国)では、ポーランド・ハンガリー・チェコ・スロバキア・スロベニア・ルーマニア・ブルガリア・エストニア・ラトビア・リトアニア・アルバニア・クロアチアが含まれています。

後者のグループ(加盟候補国)では、ウクライナ・グルジア・アゼルバイジャン・アルメニア・ウズベキスタン・カザフスタン・キルギス・タジキスタン・トルクメニスタン・ベラルーシ・モルドバが含まれています。

これらの諸国からの軍人は、「YSJインターナショナル」で軍事英語を学びますが、コース終了後に受験するのが、STANAG(Standardization Agreementの略)と呼ばれる試験です。

STANAGは、NATOメンバー諸国の間で軍事技術や弾薬装備兵站などを共通化するための規格です。「インターオペラビリティー」の必要性から制定された規準です。NATO加盟には、米国・英国など西側諸国の武器購入が必然的に伴うから必要となるものです。軍人がこのSTANAG試験を最終的に受ける事実は、軍事英語コースの目的がNATO拡大=西側からの武器輸出にある実状を物語っています。

招聘軍人の国籍を分析して顕著になるのは、「NATOに加わるとロシアにとって致命的になる」と世界の戦略家の多くが考える、「ウクライナ」と「グルジア」からの軍人の人数が、近年、突出して増加している点です。2005年から2010年にかけて、ウクライナから47名、グルジアから42名の軍人が、「YSJインターナショナル」で国防省がスポンサーとなっているコースを受講しました。

これらのコース運営資金として国防省が過去10数年間に「YSJインターナショナル」に支払った金額は判明していません。しかし、2010年に限ると、同年7月に約176,772ポンド、同年11月に約33,942ポンド支払われた実績が国防省から発表されています。このふたつの支払い合計が、2010年に支払われた金額合計の「最低」額です。(25,000ポンド以上の支払いが公表義務の対象となったため、それ未満は表へは出ません。)

2)中東諸国の空軍増強

「YSJインターナショナル」は、中東諸国政府の資金で軍人に「一般英語と航空英語」を教え、軍人パイロット養成の一環を担っています。

2007年から2010年にかけて、「YSJインターナショナル」が訓練コースを提供した中東諸国は、クウェート・サウジアラビア・イラク・アフガニスタン・カタールです。同様のコースを提供した中東以外の国には、中華人民共和国があります。

2007年から2010年にかけて訓練を受けた軍人の「国別人数」は以下です。

クウェート49名
イラク25名
サウジアラビア13名
カタール5名
アフガニスタン3名

(私と共に情報公開法に基づいて調査を行っているイギリス人の情報開示請求で判明した数字です。中華人民共和国からも2名受講しています。)

問題は、これらの地域は紛争地域・紛争発生の可能性が高い地域です。また、民主化・基本的人権という観点からも極めて多くの問題を含む地域です。しかし、欧米の軍事企業はこれらの地域を武器売却の有望な地域と判断し、英国の場合、国をあげて売り込みに熱心です。その一端を「YSJインターナショナル」が担っています。

中国からの軍人の訓練には、別の大きな問題があります。

天安門事件を契機とし、EUとアメリカが中国に対して武器輸出・軍事協力禁止制裁措置を取っています。この禁止されている「軍事協力には訓練が含まれる」というのが、現・英国国防大臣Liam Fox 氏が2008年9月に「サンデー・タイムズ紙」上で明らかにしています。(2008年9月7日。彼は当時、影の内閣の国防大臣でした。)この他、中国と「YSJインターナショナル」との軍事協力の実例は、他にも2件あります。

3)英・王立国防大学への海外軍人の留学準備

「YSJインターナショナル」は、英国国防省の費用で、多様な国々の軍人を王立国防大学(Royal College of Defence Studies=RCDS)へ進学させる準備を行っています。このコースの受講者には以下の国々からの軍人が含まれます。(2005年から2010年)

モロッコ・イエメン・スーダン・エジプト・レバノン・アルジェリア・ギリシャ・アルゼンチン・ウクライナ・ポーランド・ヨルダン・インドネシア・セルビア・中華人民共和国・ウクライナ・韓国・クロアチア・コロンビア・チェコ・アフガニスタン・ボスニア・チリ・ブラジル・グルジア・カザフスタン・イエメン・ブルガリア・

この留学準備コース(Pre RCDS course)には、現在紛争中の、イエメン・エジプト・モロッコ・アルジェリアなどからの軍人が含まれていますが、チュニジアとリビアの軍人には、2005年以降「軍事英語」プログラムを受講させて来ました。

3 なぜYSJ大学の「軍事」ビジネスを問題視するのか

以上、1)、2)、3)のカテゴリーで「YSJインターナショナル」の「軍事」ビジネスの詳細をお伝えしましたが、私は以下の理由で現状を問題視しています。

1)NATOは、新たな役割を担うようになったとは言え、本質的には軍事同盟であり、その拡大は不必要にロシアを追い詰めています。ロシアは近隣諸国がNATOに加盟し、自国が包囲される状況になるにしたがって、NATOの通常戦力に対抗する手段として核戦力に依存する傾向を示しています。少なくとも、通常戦略の劣勢を理由に核戦略固執を正当化出来得る政治的環境を生み出しているのです。

2)NATO新加盟国と加盟候補国への西側の武器輸出は、それ自体が問題ですが、中古武器の「二次拡散」を世界各地で引き起こしています。武器のCascading と呼ばれる現象で、英米などの西側製武器をインターオペラビリティーの名目で購入させられる旧東側諸国が、不用となる旧ワルシャワー条約機構メンバー時代の武器を発展途上国へ売却しています。このため、中古武器が世界各地の紛争地域へ拡散しています。

3)イラク・クウェート・サウジアラビア・アフガニスタン・カタールなどの空軍増強は、中東における緊張を煽り立てるものであり、歴史の誤りの繰り返しです。英国を始めとする列国は、「イラン・イラク戦争」に至る以前に両国に武器を輸出していました。また、イラクがクウェートを侵略する以前に、イラクへ武器輸出し、サダムフセインを軍事的に育てていました。そしてその後、国際法に違反してイラクを侵略し、今再び、イラク・クウェート両国に武器を売却しているのが現状です。

4)サウジアラビア・エジプト・リビア・チュニジア・スーダン・ウズベキスタンなどとの軍事協力は、民主主義・基本的人権・自由・社会正義などの価値観を無視するものです。

中村久司 (英国ブラッドフォード大学大学院卒・平和学博士)英国ヨーク市在住

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