トーテンコップ
トーテンコップ(ドイツ語: Totenkopf、ドイツ語発音: [toːtənkɔp͡f])は、ドイツで伝統的に用いられている髑髏を模った紋章である。主にナチス・ドイツ時代の親衛隊の帽章として知られている。
この言葉自体はドイツ語で髑髏を意味し、カナ転写するとトーテンコプフとなる[1]。
デザイン[編集]
一般に、交差した骨の上に頭蓋骨を置いたデザインが知られている。 骨が頭蓋骨の後ろに置かれて下顎骨がないというのが海賊旗のデザインと異なっている。ただし、ナチス親衛隊のトーテンコップには下顎骨がある。
髑髏は一般的に死の象徴として知られ、死神とともに連想されることが多く、悲観的なイメージが強い。しかし同時に不死、人の未熟さに対する神の永遠性などを指すこともある。
起源[編集]
ナチス・ドイツの親衛隊、武装親衛隊等の紋章や徽章として有名であるが、元々はプロイセン王国軍の騎兵の徽章としてフリードリヒ2世によって採用されたのが最初と言われている。
また、ロシアでは同じデザインの記章はもっと以前から存在し、タタール人制圧のための正教会武装キリスト教徒集団が使用していた(「アダムの頭蓋骨」と呼ばれている)と言われている。
歴史[編集]
フリードリヒ2世はプロイセン王国軍軽騎兵連隊 Regiment Nr. 5 に対して黒地の制服にこの徽章を付けるように指示した。この制服でオーストリア継承戦争や七年戦争において従軍させている。その後この徽章は1808年頃まで採用されていたと言われている。
ブラウンシュヴァイク=リューネブルク=エールス公フリードリヒ・ヴィルヘルムが ナポレオン・ボナパルトのドイツ占領軍と戦うべく創設した義勇軍である黒い軍勢はシャコー帽にこの徽章を付けた。
またドイツ以外でも Totenkopf は騎兵の徽章として諸国の軍隊で採用されている。スウェーデン王国では騎兵連隊において採用されており、ロシア帝国のコルニーロフ連隊では1917年まで採用されていた。
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の親衛隊は、1925年の結成時からトーテンコップの徽章を帽子に使用していた。1934年にはドイツ国防軍陸軍でも戦車・装甲車搭乗員の軍服の襟章として、トーテンコップが使用されるようになった。この際に区別のため、親衛隊のトーテンコップには下顎が追加されるという変更が加えられた。
註[編集]
関連項目[編集]
- 髑髏と骨
- 海賊旗
- 親衛隊 (ナチス)
- 親衛隊髑髏部隊
- 第3SS装甲師団 - ナチ式トーテンコップを部隊章としているため、「髑髏師団」と呼ばれることも多い。
- 制服 (ナチス親衛隊)#帽章のトーテンコップ
- 軍服 (ドイツ国防軍陸軍)#トーテンコップ(髑髏)の襟章