NIMBY
NIMBY(ニンビー)とは、英語: “Not In My Back Yard”(我が家の裏には御免)の略語で、「施設の必要性は認めるが、自らの居住地域には建てないでくれ」と主張する住民たちや、その態度を指す言葉である。日本語では、これらの施設について「忌避施設」「迷惑施設」[1] 「嫌悪施設」[2]などと呼称される。
目次
対象となる施設[編集]
NIMBYによる反対運動は、「施設が建設されると、地域や住民に対して環境被害などの損害をもたらす」などと主張し、以下の理由で建設や誘致の反対運動を起こす場合もある。
- 施設から直接ないし間接的に衛生・環境・騒音などの面や健康上・精神的な被害を受ける(火災などの事故が発生するとより一層の被害を受けるおそれがある)
- 施設があることによって、地域に対するイメージが低下する
- また、それによって不動産の資産価値が下がる
- 施設の影響で治安が悪化する(利用者や関係者に暴力団、暴走族などの反社会的勢力またはそれらとつながりのある者が多く、犯罪やトラブルの温床になりやすい)
- 住宅地や学校の近くに建設されると児童の目につきやすくなるため、教育に悪影響を与える
NIMBYの対象は個人的な主観や感情も多々含まれるため、判断が分かれるが、一般的には次の施設が挙げられる。下記に挙げられている施設でも、利便性の向上や経済効果を期待し、近隣の自治体や住民により誘致される場合も少なくない[3]。
衛生面と環境への影響から反対される施設[編集]
- 学校(保育園・幼稚園、小中高校、専門学校・大学)
- 清掃工場・最終処分場
- 下水処理場
- 火葬場
- 食肉処理施設
- 核施設(原子力発電所、核燃料再処理工場、放射性廃棄物処理設備など)
- 空港
- バイオセーフティーレベルを扱う研究所
- 軍事施設(軍事基地、砲兵工廠など。在日米軍の施設も含める)
風紀や治安の悪化を理由に反対される施設[編集]
- 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)と各地の条例に基づき設置される、風俗店・遊技場全般。ネオンサインと騒音により、景観と住環境が損なわれるという理由で反対されることもあるが、住宅地や学校から離れた郊外であれば、地方公共団体に建築(出店)を許可される可能性もある。
- 消費者金融
- 刑務所・矯正施設(少年院・鑑別所など)
- 被収容者(受刑者)の脱走があった場合、または被収容者と通じる関係者(暴力団の幹部や家族など)が面会や釈放時に訪問することで、近隣の治安の悪化が懸念される。
医療・福祉施設[編集]
その他の施設[編集]
NIMBY問題の論点[編集]
これらの施設は、いずれも「近くにあると、地域と住民に利益を与えず、損害を与える」と考えられがちである点が共通している。
例えば、発電所は多少距離が離れても電気の供給を受けることができ、遠近によって電気供給に大きな差が生じるわけではない。しかし、遠くにあっても損失を被らない施設と考えられ、爆発事故の危険性を孕んでいるからこそ、近隣への建設を積極的に容認する必要性に乏しく、反対の住民運動が起こる原因となる。
こういった理由から起こる反対運動については、これに同調し、施設の建設主体である政府や企業を非難するような主張がなされることも多いが、「『自分だけ損害を被らなければよい』とする『住民エゴ』である」として、反対運動自体が批判の対象となることもある。
知的障碍者施設・精神障碍者施設・精神科病院は、「障碍者による不測の行為」への漠然とした怖れなどを理由に反対されることがあるが、こうした反対理由の妥当性については議論が交わされるなど、そもそも損害の存在が議論の対象になることもある。
NIMBYはその性格から中央政府による自治体への振興策で優遇が検討されるが、別個の中央政府による振興策以外だけでなく、NIMBY施設による雇用創出という側面も存在する。
中央政府と地方自治体の関係[編集]
NIMBY問題におけるこれらの論点はいずれも程度と主観の問題であるため、どの程度の損害を受け入れ、それに対して補償などがどのような形でなされるのかを巡り、長期にわたって議論が繰り広げられることが多い。
忌避されるがゆえに、その設置を受け入れた場合は、税制面をはじめ道路や公園や運動施設など様々な公共施設整備などの様々な振興策という形で優遇されることがある[4]。また、振興策に魅力を感じて積極的に誘致する自治体もしばしば見られる。
特に政府が新しい土地を収用したり、公有水面を埋め立てる必要がある場合は、抵抗をする地権者の土地収用や公有水面埋め立てに当該地方自治体首長の同意が必要となるケースもある。そのため、NIMBY施設が受け入れの是非が当該地方自治体で争点となると、地方選挙で賛成派と反対派を二分して選挙戦が行われる。特に土地収用の権限などで注目される当該地方自治体の首長選挙は、地方議会議員選挙よりも注目される。NIMBYの中身によっては当該自治体の地方選挙が全国的に注目される選挙になることもある。法的拘束力はなく、意見に留まる、住民投票条例による住民投票が実施される例もある。
土地収用などの権限に関与する当該地方自治体の首長が反対派で占められるようになった場合、中央政府はNIMBYの候補地を他の地域にするか、地方自治体の首長の同意を必要としない特別措置法を制定させてでも当該地域での土地収用を断行するか、計画自体を断念してNIMBYによる利益がないことを受け入れるかのいずれかの選択を強いられることになる。
法律[編集]
戦後日本では、政府がNIMBYの建設について立地のサポートをするために以下の法律が制定されている。
- 発電所全般 - 電源三法(発電用施設周辺地域整備法など)
- 核施設 - 原子力発電施設等立地地域の振興に関する特別措置法
- 自衛隊関連施設 - 防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律
- 在日米軍基地 - 駐留軍等の再編の円滑な実施に関する特別措置法
- 空港 - 特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法
- 成田国際空港 - 成田国際空港の安全確保に関する緊急措置法 - 成田国際空港周辺整備のための国の財政上の特別措置に関する法律
- 産業廃棄物処理施設 - 産業廃棄物の処理に係る特定施設の整備の促進に関する法律
- ダム - 水源地域対策特別措置法
実例[編集]
- 2007年1月、高知県東洋町で、当時の町長が独断で高レベル放射性廃棄物処分場の設置にかかる文献調査を依頼していたことが明らかになり、リコール運動が起きた。これを受けて同年4月に行われた町長選挙の結果、反対派の候補が当選し、調査は取り下げられることとなった[5]。
- 成田空港問題
- 原子力商船むつ
- 普天間基地移設問題
- 小金井ごみ問題、小金井市#ゴミ処理、二枚橋衛生組合も参照
派生[編集]
- YIMBY - 対義語で、“Yes In My Back Yard”の略。
- BANANA - “Build Absolutely Nothing Anywhere Near Anything”(もしくは“Anyone”)の略。
関連書籍[編集]
- 清水修二 『NIMBYシンドローム考:迷惑施設の政治と経済』 東京新聞出版局、1999年4月。ISBN 4808306646。
- Thomas, Friedman (2009). Hot, Flat, and Crowded: Why We Need a Green Revolution - and How It Can Renew America, Release 2.0. Picador. ISBN 978-0312428921./トーマス・フリードマン 『グリーン革命〔増補改訂版〕(上・下)』 日本経済新聞出版社、2010年。ISBN 978-4532316228。ISBN 978-4532316235。
- 土屋雄一郎 『環境紛争と合意の社会学―NIMBYが問いかけるもの』 世界思想社、2008年。ISBN 978-4790713197。
- 「NIMBYを考える」、『住民と自治』、自治体研究社、2013年5月。
参考[編集]
- ^ ““迷惑施設”という名のブラックボックス”. 都市環境デザイン会議 (2010年1月26日). 2011年9月25日閲覧。
- ^ “【嫌悪施設】の意味”. 不動産業界の歩き方. 2011年9月25日閲覧。
- ^ 例えば交通機関は駅・バス停・マイカー通勤等で通勤・通学の面で、保育園・幼稚園は送迎の面で近くにない場合に比べて有利であるため、引っ越し先の住居を探す際にむしろ好まれる傾向にある。
- ^ 「岸信夫活動レポート」2009年11月18日
- ^ 選挙・高知県東洋町で何があったのか〜町長選取材記(JanJan)